誇りある歴史

確かな理念に基づく堅実な歩み

地元高槻で育って100年あまり・・・歴史に裏付けられた確かな技術と豊富な知識こそが、私たちの誇りです。
時代は21世紀、後世へと伝え続ける確かな歩みと共に、これからも新たなる発想をもって、人々の心に感動を与えていきたいと思います。

明治末期

小阪藤三郎、松村組入社。

明治末期

高槻市の高槻城祉には、旧陸軍の工兵第四聯隊がありました。 創始者の小阪藤三郎は、高槻工兵隊の工事に従事し、その業を習得しました。

明治

▲写真は、工兵第四連隊のもとの兵舎
(航空写真・高槻市立第一中学校提供、出典「高槻市史第二巻」より)

大正時代

松村組退社、独立自営を開始

大正4年(1915年)

小阪藤三郎が独立自営を開始し、小阪工務店の前身を創業しました。 高槻市内の各所に於て民家、神社、仏閣、公共物の建築工事及び基礎工事を請け負うようになりました。

大正

昭和時代

合資会社 小阪組設立

昭和17年(1942年)5月

各種工事に実績をあげ、合資会社を設立するに至りました。代表社員として、小阪元雄が就任しました。

昭和

株式会社 小阪工務店に改組

昭和27年 (1952年)

代表取締役に小阪武雄が就任しました。当時の資本金は50万円でした。 社是『無駄なく 親切に 最良の工事』が決定しました。

昭和28年(1953年)

資本金を100万円に増資しました。

トップ画

▲昭和27年(1952年)8月 桃園小学校落成式

聖徳太子を祀る

昭和29年 (1954年)

聖徳太子は、四天王寺や法隆寺などの巨大建築に太子 が関わり諸職を定めたという説から、 建築、木工の守護神として崇拝されてきました。
室町時代の終わり頃から、太子の忌日と言われる2月 22日を「太子講」の日と定め、 大工や木工職人の間で講が行なわれるようになり、 さらに江戸時代には大工らの他に左官や桶職人、鍛冶職人など、 様々な職種の職人集団により太子講は盛んに営まれるようになりました。
小阪工務店でも聖徳太子をお祀りしています。

聖徳太子

高槻市初の鉄筋コンクリート造校舎 受注完成

昭和32年(1957年)

資本金を200万円に増資しました

昭和33年(1958年)

高槻市初の鉄筋コンクリート造校舎を受注し、完成させました。

コンクリート造校舎

▲平成28年(2016年)時点の校舎

世代交代と更なる成長

昭和36年 (1961年)

小阪武雄代表取締役が逝去し、小阪元章が代表取締役に就任しました。

小阪工務店事務所及び工場全

▲昭和36年(1961年) 小阪工務店事務所及び工場全景

昭和39年 (1964年)

創業50周年を迎え、周年記念祭を行いました。

小阪工務店事務所及び工場全

昭和40年(1965年)増資 資本金500万円

昭和47年(1972年)増資 資本金1000万円

昭和52年(1977年)増資 資本金2000万円

成長

平成時代

時代に合わせて変わり行く…

平成12年(2000年) ISO9001を取得

平成12年(2000年)
小阪元章代表取締役が逝去し、小阪大輔が代表取締役に就任しました。

社長挨拶

平成