20周年のジャズスト その起源は?

 カテゴリ/高槻Life 投稿日/2018-05-17

今年も盛況のうちに閉幕した高槻ジャズストリート。
今回は20周年を記念して、その誕生秘話に迫ります。

高槻Lifeの写真1

1990年代後半、高槻は「ゴールデンウィークに人がいなくなる街」でした。
吹田市や茨木市、枚方市など、近隣の都市には、万博公園やひらかたパーク、大型のショッピングモールなどがあり、ゴールデンウィークでも楽しいイベントが企画されます。
何とも寂しいことに、かつての私たち高槻市民は、地元高槻を離れ、他市へと遊びに行くのが常だったのです。
 
そんな事態を何とかしようと、自ら立ち上がった人たちがいました。
現在も高槻ジャズストリートの事務局が置かれているJKカフェ。
城北通商店街にあるお洒落な1軒の喫茶店から、今や15万人規模となる壮大なジャズの祭典が生まれたのです!

高槻Lifeの写真2

高槻ジャズストリートは、初回よりすべて「無料」がウリ。
この方針は、20年経った今も変更されていません。
そのため、毎年、実行委員会の人たちを中心に、おじいちゃん・おばあちゃんから学生まで、みんな手弁当で集まってきます。
運営費は広告収入やTシャツの売り上げ。

高槻Lifeの写真3

「高槻を音楽あふれる素晴らしい街にしたい!」
高槻ジャズストリートは、ボランティアの方々と音楽を愛する人たちの熱い思いによって、大阪を代表する一大イベントへと育て上げられました。

高槻Lifeの写真4

「まちおこし」の代表格といえば、B-1グランプリ。
この第1回の開催が2006年ですから、1999年に始まった高槻ジャズストリートは、まさに「まちおこしイベント」の先駆けということができるでしょう。
 
20周年となる今年4月には、地方創生を掲げる安倍首相を表敬訪問しました!

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(出典 : https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/actions/201804/16jazz.html より)
 
かつてゴールデンウィークに人が去っていく街だった高槻。
今ではそんな過去の話が信じられないほど、たくさんの人がやってくる街へと変貌を遂げました!
 

高槻Lifeの写真6

 カテゴリ/高槻Life 投稿日/2018-05-17